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近 義武 プロフィール

近 義武 プロフィール

『近 義武』経歴

近 義武(こん よしたけ)
歯科医師
歯科医院経営コンサルタント

昭和58年(1983) 筑波大学(旧東京教育大学)附属高等学校卒業
平成元年(1989) 日本大学歯学部を卒業
        埼玉県さいたま市にて勤務
平成9年(1997) 東京都区内にて開業
        院長として高収益歯科医院を経営
平成24年(2012) 歯科コンサルティング会社 intellectual設立
平成28年(2016) 株式会社120% 代表取締役就任

 金融機関の破綻が相次いだ平成不況の真只中に東京下町の商業地区にて開業。地縁・人脈・余剰資金などが乏しい中、闇雲に頑張ることに限界を感じ、一般ビジネスでは多くの企業に導入されている王道的マーケティングを自らの歯科医院で実施・検証を重ねることで、再現性の高い「歯科マーケティング」として確立。社員1人あたりの年間売上げ2,700万円を達成。

 現在は、高収益で安定した歯科医院経営構築の実績と幅広いマーケティングの知識をもとに、患者減少をはじめ様々な問題に悩む多くの歯科医院の経営改善をアドバイスしている。コンサルティングの実績は100クリニック以上、すべてで増収・増益・増患を成し遂げており、歯科医院・クリニック側も、患者側も、共に満足度が向上する診療体制を構築する手法は特に喜ばれている。年間20回以上のセミナー・講演・Webレクチャー等を開催しており、のべ参加者数は2,500名以上となる人気セミナー講師でもある。
 著書に『明日の予約が埋まらないクリニックが(お金をかけずに)患者が集まるようになる本』(第一歯科出版)がある。

歯科医師による歯科医師のための経営コンサルティングを

私の元には様々な院長が相談においでになります。その中には「他のコンサルティングを受けたことがある」という方が少なからずいらっしゃいます。
「売上は増えたけれど、手元に残る利益はあまり増えていないように感じる」「忙しくなった分を差し引くと、利益はトントンかむしろ減っているかも…」
こんな不本意な結果になってしまった歯科医院を、院長の思い描く姿に再構築してほしいという依頼が私によく来るのです。
原因は前任者が『歯科臨床の現場を知らない』『院長の動向や歯科医師の思考を理解していない』『出身業界の尺度で判断していた』からです。
税理士、会計士、社労士、コーチ、マーケッターなど、他業種の方には超えられない「歯科の特異性」が歴然と存在するので、
再現性に乏しいコンサルティングに終始したり、ツールやシステムの販売がメインとなったりするのはある意味、仕方のないことなのです。

出発はごく普通の「一般開業医」

 私は現役の歯科医師です。メインの活動は歯科医院のコンサルティングや執筆、セミナーなどですが、現在でも臨床の現場に立っております。今では院長先生に歯科医院経営をアドバイスする立場になりましたが、歯科大学卒業、勤務医生活、歯科医院開業と辿ってきた道はあなたと同じです。治療技術的にはひどく不得意な分野がない代わりに飛び抜けて誇れるモノもない、ごく一般的な「「開業している歯科医師」でした。
 開業から5〜6年ほどは体力と根性で業績を伸ばせましたが、平成不況だったこともあり自己流の歯科医院経営に限界を感じるようになりました。そこで、何人かの「経営コンサルタント」の話を聞いてみたのです。

歯科医院経営にマーケティング導入

 その当時、何人かの「歯科専門」の経営コンサルタントにも話を聞いてみましたが、『他の歯科医院でうまくいった手法をやりましょう』という提案ばかりで、納得できる「再現性」の話をしてくれる方には出会えませんでした。成功する理由も、失敗する条件もわからないような話に歯科医院の行末を預ける気になれなかった私は、マーケティングに「成功・成長を実現するヒント」を求めて学んでみることにしました。
 中小企業の社長向けのマーケティングノウハウや、起業家向けのマインドセットを書籍やセミナーで選択的に学んで、それを自分の歯科医院で実施・検証して行ったのです。

再現性のある経営ノウハウの構築

 学んだマーケティングの知識はどの業界でも使えるよう平準化され、再現性の高いものでしたが、歯科医院に最適化するには調整と「私の歯科医院仕様」にカスタマイズが必要でした。こうした試行錯誤と改善を重ねたおかげで、私の歯科医院経営は高収益で安定しました。
 そんな折、優秀で患者思いな顔見知りの先生の歯科医院が倒産閉院しました。「真面目な院長こそ報われて、素晴らしい歯科医師人生を送るべきなのに…」ショックでした。同時に、千差万別な院長先生の悩みや問題に、私なら最適な解決方法を導き出せるのでは…?と感じたことが、歯科医師のための経営コンサルタントの道を歩み始めるきっかけとなったのでした。

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